19歳の春

     19歳の春




学校を辞めようと決意したものの、親にどやされ年明けから復活。

当然ながら学校には行けず、友達の代返で何とか乗り切っていた。

病気になってから食欲がなかったが、夜食(カップラーメンと石焼き芋)にストレス解消を求め体重が激増した。食べることでしか解消できない辛さ。いよいよ本格的に治療をしなければならないのか自分はどんな病気なんだろう。

当時はインターネットなど当然のことなく調べる手段は本屋。そこで自分が「パニック障害」の症状に当てはまりこんな病気にかかっているのかと膝が落ちる。

「パニック障害」ってなんだ。色々な人の経験談を目にしたら世の中に多くの人が苦しんでいる、自分は何でこんな病気を引き込んでしまったのか。

本当にやり切れない思いと完治できるのか一生背負っていかなければいけないのか、再び心が死んでいく。

19歳の春、世間は花見だの浮かれているが自分は何ひとついいことがない。彼女も出来ない、自分を支えてくれるひとは誰一人いなかった。

それでも生きている、生きていれば必ず立ち上がれると信じたかったがそこまでの精神には到底届かない。

高円寺に引っ越していた。高円寺の商店街、パル通りから少し奥に入ったところに安いラーメンがある。アルバイト募集の張り紙に何も考えずに飛び込んでいく。

即採用。まかない付きで夜ごはんはそこで済ます。店が終わるのが23時。風呂なしのアパートであったのでそこから銭湯に走る。

銭湯は0時まで開いている。ありがたかった。銭湯に行かなければ翌日学校の教室内は餃子の匂いで充満。


バイトの帰り道、古本屋でエロ本を二冊購入。

「おじさんは二冊で200円でいいよ」

ありがたかった。ビデオもないアパートの環境。楽しみはエロ本のみ。寂しい青春だ。ニキビも高校時代以上に顔全体に散らばり、夜の油料理が影響しているのだろう。

朝起きるとクレアラシルを塗りたくる。顔は白粉状態になり「梅沢富美男」だ。クレアラシルを買いに行く薬局屋のおやじはクスリじゃダメだ、食生活を改善せよとどやされる始末。

高円寺に引っ越し、少し、病気も改善しているのか。バイトで紛らわす日々が続くがバイト中も発作が起きることが頻繁に起きていた。

皿洗いの途中。餃子の焼きの最中。注文を取っている間。いつ襲ってくるかわからない。バイトも数ヶ月が過ぎた頃、高校生の女の子がよく食べに来てくれた。

ファンですと帰りがけに言ってくれたことがあり、バイトも捨てたもんじゃないなーと、楽しみもあった記憶が蘇る。



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