20代後半 【結婚と子供を授かる】

結婚と子供の誕生


27歳の秋、労働組合の青年部に参加。そのまま青年部長を任された。病気を背負ったことで弱者救済の想いが強くなり 何か貢献したいと思っていた。

10代の頃は司法を目指そうと思ったこともあったが家庭の事情により大学への進学を諦めるもの。それでも心の中にはいつも「誰かのために役に立ちたい仕事をしたい」と思っていた。

その後、労働組合の青年部を経て、書記長、委員長になっていくことになったが途中結婚し二人の子供(女)にも恵まれ家も建てることができた


こんな自分でも人並の生活を得たが、20代は底を這いつくばるような人生。

乗り物に乗ることが出来ないことも常にストレスでいる。

なので、人と出掛けるときは現地待ち合わせが通常。

労働組合は年1回は勉強会の旅行に出かける。行きは我慢。

でも帰りは必ず一人で早く帰る。途中で観光もあるが舟やバスなどは絶対に乗れるわけがない。

毎日の通勤で快速なんて絶対に怖くで乗れない。各駅停車での通勤、移動だ。

会議体にも出席できず、上司から嫌味を言われ続けている。

が、そんな言葉は全く聞き流している。

結果あいつはわがままとのレッテル、自分勝手、自由過ぎるなどと揶揄の嵐。

狭い空間に閉じ込められる恐怖を考えただけで苦しくなる。

波のように襲ってくるパニック障害の予兆。

今では自由人のレッテルが板についている。

あいつならしょうがないとの良い概念が自分の愛称となっている。ここまで成り上がれば楽に生きれる。

非常識を常識に変えてみせる。

今はこの勝手な思いが社内の常識となっていることが少しばかり誇らしい。

20代ももうじき終わりとなるがメンタルはなにも改善されていない。田舎から飛び出して12年が経とうしている。

国家試験への挑戦。結婚。子供の誕生と良いこともあったが病気は何一つ上向きにならない。

何かに集中することで病気を忘れよう。

その集中の矛先が何か見えて来ない。仕事は普通に熟す。では労働組合か?

それも辛い。もやもやしたまま20代を終えることになる。



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