転機到来 【🎉本社の営業部への抜擢🎊】

本社の営業部への抜擢


36歳、転機が訪れる。管理職への昇格が発令された。労働組合の執行委員長を降りたが現場の所長は継続している。病気は改善していない。

そんとき本社の営業をやってみないかとの打診があったもの。晴天の霹靂である。

まさか技術畑だった自分が営業職をやるとはいわゆる技術営業である。技術を知った営業マンが誕生した。担当物件は50件ほど、聞いた途端に膝が落ちた。そんな物件数出来る訳ない。未知の世界へ飛び込んで行く。

まずはPM会社の付き合い。PMってなんだ。プロパティー・マネジメント初めて耳にする言葉。ガムシャラに働いた。ストレスの固まりであったが仕事に集中したことで鬱病を忘れて行った。

パニック障害も時折は襲ってくるが20年近くも病気と付き合っていれば、対処も心得たもの。

営業マンとして最大のピンチを経験。役所への報告の不備でビルの売却が頓挫する窮地に追い込まれる。このままでいけば100億の損害賠償。自分は終わったと腹をくくった。

先方の担当者は本当に嫌な奴でいじめと嫌がらせで人を追い込む蛮行な輩だ。太刀打ちが出来ない


毎週休日返上でパソコンに向う。パニック障害、苦しみが倍増する。忘れていた病気が今回の事件で再発したなにもかもが嫌になり退職届に名前を書いて常に鞄にいれてある。

お客への謝罪が終わり丸ノ内線銀座駅。ホームに立つ。電車に飛び込むか芯から逡巡している。

最後にもう一度上司の部長にショートメールを打ってみることに。仕事に対する挫折感に今の心境を書き込む。直ぐに返信がくる。

「これからも一緒にやっていきましょう」。

溜飲が下がった。胸のつかえと苦しみが一瞬にして消えた。嬉しい言葉に涙が止まらずホームで男泣き。人目を憚らず大粒の涙。

この日をきっかけに人生観が変わった。 "人に何を思われてもいい"

自分は自分のスタイルを貫き生きて行こう。今もそのスタイルに変わりはない。

結果的に賠償問題はなくなった。ミスは先方側にあったのだ。正直苦しめられた一年間。許せない部分もあったが男として人として無かったことするように切り替えた。とにかく悪夢を忘れたかった。

36歳の転機、自分が自分でいるためのスキルを得ることができた。今もこのスタイルは全く変わっていない。自分の中で何かが吹っ切れた。今後の人生を悔いなく思い切り生きて行くことになる。

営業マンとしての人生。部長との子弟関係は今も変わらない。何か困り事があると相談に行く間柄。人生の師匠も今は60歳を超えた。

そんな時先方から、他のビルもやってみないか?との問い合わせ。千載一遇のチャンス。

過去の嫌がらせにいつか見返してやりたい気持ちは捨てきれていなかった。部長に懇願して奴の会社との決別をしたい。下請けが元請けに解約を申し出をするということは世間の常識からは考えられない。世間の常識なんて自分には関係ない。決別が奴をやり込めることになるのか?

疑問があるが自分はこう考えていた。そもそも元請けは下請けを虐める体質にあった。我々は元請けの依頼を絶対に聞くが彼らの論理だ。

だからこそ逆転の発想だ。当社が解約を申し出でれば彼らは引き継ぐ会社を探さらければならない。その体力は自分が一番良く知っている。散々苦労してきた過去があった。収益も悪い。部長への解約するための資料を作るのに徹夜で何日も費やす。

そして社長への説明。『解約してこい』。本当に嬉しかった。その後、部長と共に解約に出向く。言い渡した。顔色が変わった。まさかの展開にしてやったり。世間の常識を覆す逆転劇。

その後決別。以後、全く付き合いはない。



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