闘将 ⚾️星野仙一さんを偲んで⚾️

星野仙一さんを偲んで


【星野仙一さんのイメージ】
思い病気を隠していた星野さんの印象はまず喧嘩早い。

物に八つ当たりするといったイメージが強いもの。

自分の一番の印象的な場面はやはり何と言っても巨人との日本シリーズを制したこと。三勝三敗。

前日はエースの田中マー君が160球近くの球数を投げ敗戦投手になった第7戦目。プロ野球界の常識では絶対にあり得ない出来事。

最後の抑えに前日にこれほどの球数を投げた投手を抑え、胴上げ投手に指名したのだ。前日の疲労もあって球は走っていない。でも最後のバッターを三振で打ち取り優勝が決まった。

翌年、田中マー君はヤンキースに移籍するわけだが、こんなことがあっていいのか。前代未聞の感動劇だった。漫画の世界でもなかなかこんなシーンはない。

ドラフトで巨人に見限られ、以後、巨人を倒すためだけに投手人生を送ってきた。乱闘になればいの一番に飛び込んでいく。相手が長嶋監督だろうが王監督だろうが関係ない。選手のために身体を張った。

賛否両論あるがその生き方に自分は共感はている。どちらかといえば自分もそのタイプだからだろう。下のものに対して小言は言わない。但し、自分が間違っていないと思えば上司に食ってかかる。損な気性である。





【星野仙一さんの故郷を訪ねたとき】
数年前に倉敷に旅に行ったとき、倉敷の美観地区に「星野仙一資料館」があった。

30年ほど前だったかドラマで「星野仙一物語」を見た記憶が蘇った。お父さんを亡くし知らずして大変な苦労した物語。物語のシーンに母親をおぶって家に帰る場面があったが、そのころから闘将「星野仙一」が宿っていたに違いない。

倉敷商業、明治大学、中日ドラゴンズと経歴は見事であるがその陰には相当な努力と苦労が隠されていると思っている。

奥さんも早くに亡くされその後の監督生活をやってきたのは何が支えだったのか。

阪神の監督時代、血圧が上がり休んでいたときもあった。持病的なものを抱えての監督業。疲労が蓄積されていたのではないか。でもその成果は多くの選手を輩出したことにより報われている。

自分もブログに書き込んであるように33年間のパニック障害との闘い。人には言えない苦労、疲労が相当に蓄積されている。それでも星野さんと同様、立派な部下を何人も輩出できた。

星野仙一さんは苦労の上につかんだ今の地位。無念の極みであっただろう。あまりにも早すぎる死に心が傷む。

オリンピックでの一場面。GG岡田が簡単なフライを連続して3回ポロリエラー。これでオリンピックの優勝を逃したと言われるぐらいのボンヘッド。

三位決定戦。それでもGG岡田を起用した。理由はこのまま終わったらお前の野球人生が必ず悔いが残る。この試合で挽回せよ。星野の男気とやさしさが詰まった行動と言葉。器が大きい。過去に大変な思いをしてきたからこその英断。

自分もっと大きくならなければ。

星野仙一さんの死を偲んでブログに書き留めたいと。ご冥福をお祈りします。




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