パニック障害 完治【一陽来復 穴八幡神社で引き寄せる改善効果】

『一陽来復』早稲田にある穴八幡神社。

冬至から節分までの期間のみで「御守」をお頒けしている。御守を張る場所・日時を定められている。


冬至・大晦日・節分の三日のみ。1月に神社で御守を手にした。節分、夜中の0時に貼ることにしている。

『一陽来復』とは冬の後には必ず春が来る。悪い事は必ず良いことが起きるとの意味。

興味のある方は覗いてみて下さい。
【成功したい人が行く神社・寺巡り特集】


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昨年は散々な年だった。交通事故を連続で二回起こし子供も大病をした。

自身は変わらず病気を背負い心療内科への通院を継続している。

今年の祈願は病気の改善が一番ではあるが少しでも良いことがあるようにと願いを込める。

サラリーマン人生での昇格などは望んではいない。

一番の望みは時間を無駄にすることなくより多くのものを吸収すること。そして親の長寿を祈る。

もうすぐ52歳。苦しみの人生を過ごしてきた。

40代の頃は親との関係性は余り良くなかった。

それはこの出来事に端を発している。おばあちゃんが100歳を超えていた。30代後半の事だ。

老人介護的な病院に入り余命は残り少ない。その頃本社で営業をしていたが思い切って会社をお休みおばあちゃん(父方)の病院(長野)へ逢いに行く。


【おばあちゃんとの再会】

数十年ぶりの再会に孫の顔が分からない。自分の名前を言っても記憶が飛んでいるようだ。そんな会話の中で記憶が蘇った瞬間。本当に嬉しかった。

良く来てくれたね。子供の頃一杯遊んだなど、昔話で大喜び。自分の名前を連呼し立派な人間になってほしい。

2時間程の病院滞在で「じゃ帰るね…また来るから」と言っても次に逢うときはお葬式の時だと誰でも分かる。

病院を出てすぐ目の前には千曲川。子供の頃に嫌なことがあると犬のシロとその場所に行くのが日課になっていた。


【おばあちゃんの別れ 思い出の場所で涙】

その場所で過去を振り返りおばあちゃんとの別れで涙が止まらない。実家(本家)のおばさん家にも挨拶に出向く。おばあちゃんに逢ってきてと。その時は有難うなどと言っていたが、自宅に帰ったら親父からすごい剣幕で怒りの電話。

おばさんが言ったそうだ。「お前の息子は土産のひとつも持ってこないのか。非常識馬鹿息子だな」と。それで親父は自分に噛みついてきた。「何で土産を持って行かないのだ」。

えっ、自分はおばあちゃんに逢いに行っただけ。それも親父からしてみれば自分の母親だ。言葉が出なかった。良くぞ逢いに行ってくれた。有難うだろうと思っていたから。

「ふざけるな」の捨て台詞を最後に2年ほど音信普通。この日を境に電話には絶対に出ない。どうしても怒りが消えなかった。

親父も80歳を超えた。あの言葉は忘れることにした。

​毎月1程度帰省して両親と話をしている。食べたいものがあれば食べにつれて行く。買いたいものがあれば買い物に行く。「一陽来復」。

親にも良い出来事があってほしいと願う日々。一番は息子の元気な姿と活躍だと信じている。親父も統合失調症で診療内科に通院中。

病気が教えてくれたもの。

過去の拘り、怒り、苦しみは好転への事前準備と捉えている。

奢らず自然体でいること。すべてを受け止める心のポケット。

前を向こうとする心のドア。両輪が同じ回転で軌動すれば人生は必ず輝くと信じたい。




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